ボイメンとは?歴代メンバーの脱退劇と2026年現在の素顔
東海エリアから全国へと旋風を巻き起こし、いまや日本のローカル発エンタメの代名詞となった男性グループ「BOYS AND MEN(通称:ボイメン)」。派手な特攻服風の学ランを身にまとい、名古屋の路上でのチラシ配りからナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)単独公演まで駆け上がった泥臭い歴史を持つ一方、リーダーの卒業や主力メンバーの脱退劇を経て、その内情は大きく変貌を遂げてきました。
2026年を迎えた現在、グループは5人体制として新たな活動フェーズに突入しています。ネット上で囁かれる歴代メンバーの脱退理由の深層から、現在の人気順、そしてソロ活動を含めた最新動向まで、現場取材の知見と公表データを交えて客観的に解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ボイメンとは、2010年に名古屋で結成された「ご当地男性アイドル・エンターテインメント集団」であり、ドーム公演や日本レコード大賞新人賞を達成した実績を持つ。
- 要点2:元リーダー水野勝の俳優専念による円満卒業、小林豊の契約解除など激動の再編を経て、2026年現在は辻本達規・田村侑久らを中心とする5人体制で活動中。
- 要点3:地域密着の強みを維持しながら個々のタレント性を深化させ、「脱・若手アイドル」を果たした大人のマルチタレント集団として独自の立ち位置を確立している。
【結成からの軌跡】ボイメンとはどんなグループ?泥臭い学ラン集団の原点
「ボイメンとは一体どのようなグループなのか」と問われた際、最も的確な表現は「東海地方を拠点に、汗と泥にまみれて道を切り開いてきた男性エンターテインメント集団」です。芸能事務所フォーチュンエンターテイメントに所属し、2010年にプロジェクトがスタートしました。当時、東京や大阪に比べて男性アイドルの土壌が乏しかった名古屋において、彼らは常設劇場も持たず、テレビ塔の下や栄の路上で自らチラシを配る日々から歩みを始めています。
彼らを象徴するのが、メンバーごとに意匠が異なる豪華な学ランと、明確に定められたメンバーカラーです。昭和のヤンキーカルチャーを彷彿とさせる硬派な装いに、歌、ダンス、芝居、コントを融合させた独自のステージングは、既存の洗練された大手ボーイズグループとは一線を画す「体育会系の熱量」として地元ファンの心を掴みました。
2016年にはシングル『BOYMEN NINJA』『Wanna be!』がオリコン週間ランキングで連続1位を獲得し、第58回日本レコード大賞新人賞を受賞。さらに2019年には念願のナゴヤドーム単独ライブを成功させるなど、名古屋のご当地男性アイドルという枠組みを軽々と飛び越え、全国区の知名度を獲得するに至りました。
【一覧表で比較】現体制5人のメンバープロフィールと過去の変遷データ
結成当初は数十名規模の候補生からスタートし、長年親しまれた10人体制からメンバーの卒業・脱退を経て、グループは少数精鋭の形へと進化しました。2026年現在の所属メンバー5名の構成と、グループの歴史を語る上で欠かせない主な歴代メンバーの変遷を客観データとして整理しました。
| メンバー名(状況) | カラー・生年月日 | 主な担当・活動領域 | 編集部の見解・現在の評価 |
|---|---|---|---|
| 辻本達規(現役) | 赤 / 1991年5月17日 | 熱血特攻隊長・スポーツタレント | バラエティ番組での瞬発力とフィジカルはグループ随一。全国ネットでも安定した存在感を示す牽引役。 |
| 田村侑久(現役) | 青 / 1990年10月17日 | チラシ配り隊長・ファン対応のプロ | 脱サラして加入した叩き上げ。親しみやすさと距離の近さで、現在も熱烈な個人支持層を誇る看板。 |
| 本田剛文(現役) | ピンク / 1992年11月3日 | MC・知性派トーク担当 | 仕切り役としての語彙力と安定感に定評。情報番組のコメンテーターとしても信頼が厚い。 |
| 平松賢人(現役) | 黄 / 1994年11月14日 | ボーカル・クリエイティブ(写真/映像) | ソロ歌手としても精力的に活動。歌唱力の要であり、ライブ演出など制作面でも高い貢献度。 |
| 吉原雅斗(現役) | 緑 / 1994年4月2日 | ダンスパフォーマンス・舞台俳優 | グループ最年少ながら洗練されたダンススキルを保持。本格派ミュージカルなど外部舞台での評価が急上昇。 |
| 水野勝(元リーダー) | 金(白) / 1990年11月22日 | 2022年5月卒業(俳優業へ転身) | グループの精神的支柱だった。自身の年齢と将来を見据え、映画・ドラマに専念するため円満卒業。 |
| 小林豊(元メンバー) | 黄緑 / 1989年3月19日 | 2022年4月契約解除 | 特撮俳優としてグループの全国的知名度を牽引したが、私生活の不祥事報道によりマネジメント契約を即日解除。 |
| 勇翔(元メンバー) | 白(青紺) / 1993年2月5日 | 2024年3月卒業 | 特撮・アクション志向を貫き、個人の役者人生に注力するため前向きな形でグループを旅立った。 |
ファンの間における人気順については、公式な序列は公表されていないものの、握手会や特典会の動員、グッズの売上傾向から、長年にわたり辻本達規と田村侑久がツートップとしてグループを牽引してきました。そこに知性派トークで安心感を与える本田剛文、若手組として表現力を伸ばした平松賢人・吉原雅斗が厚みを加えるバランスの取れた布陣となっています。
【脱退劇の深層】水野勝の卒業理由と小林豊の契約解除|何が起きたのか?
ボイメンの歩みを検証する上で避けて通れないのが、グループが直面した数々の脱退理由とメンバーの去就です。とりわけ2022年春に相次いだ中心メンバー2名の離脱は、グループの歴史における最大の転換点となりました。
まず、長年カリスマ的なリーダーを務めた水野勝の脱退理由は、明確に「30代を迎えた役者としての自立」にありました。公式発表資料および当時の卒業会見において、水野は「グループに依存せず、一人の俳優として厳しいエンタメの世界で勝負したい」という強い決意を述べています。泥沼の対立ではなく、10年以上先頭に立ち続けた責任を果たした上での円満なステップアップであり、現在も映画や舞台を中心に着実なキャリアを築いています。
対照的に、ファンと関係者に大きな衝撃を与えたのが『仮面ライダー鎧武/ガイム』などで全国的な知名度を誇っていた小林豊の現在に至る事態です。2022年4月、過去の物損・窃盗事案に関する週刊誌報道を受け、所属事務所は事実関係を確認した上でマネジメント契約を即日解除しました。本来は卒業イベントを控えていた直前の電撃解雇であり、メンバーたちも生放送の番組等で涙ながらに謝罪と悔しさを滲ませる異例の事態となりました。
報道各社の追跡によると、契約解除後の小林豊は芸能界の第一線から身を引き、もともと持っていた製菓衛生師(パティシエ)の資格を活かしたスイーツ関連のプロデュースや、個人のSNSを通じた情報発信など、表舞台とは異なる領域で生活基盤を再構築しています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|平野紫耀との関係性
ボイメンをめぐるネット上の言説において、現在でも頻繁に検索されるのが「平野紫耀(現Number_i)との関係」です。「平野紫耀はボイメンをクビになったのか」「初期の確執があったのではないか」といった噂が独り歩きしていますが、これらは当時の実情とは大きく乖離しています。
事実として、平野紫耀は2010年のプロジェクト旗揚げ初期、高校生になる前の短期間、BOYS AND MENの初期メンバーとしてステージに立っていました。しかし、当時はまだ事務所自体が立ち上がったばかりの黎明期であり、個々のレッスン生の出入りが極めて激しいインディーズ段階でした。
関係者の証言や当時の状況を検証すると、トラブルによる追放ではなく、芸能界での方向性の模索や東京の芸能事務所への挑戦に伴う自然なステップ移行であったことが裏付けられています。後年、双方が異なるステージで大ブレイクを果たしたことから「幻の初期メンバー」として都市伝説化しましたが、黎明期の名古屋ローカルシーンが内包していた熱気と原石の多さを象徴するエピソードの一つに過ぎません。
【実態検証】ネットの評判と現場の声|泥臭い営業が生んだ熱狂
SNSやネット掲示板、ファンコミュニティにおけるボイメンの評判とネットの反応を多角的に分析すると、彼らが15年以上にわたり生き残ってきた本質が見えてきます。
肯定的な声として圧倒的に多いのは、「敷居の低さとファンサービスの誠実さ」です。メジャーデビュー後もショッピングモールでのフリーライブを厭わず、一人ひとりのファンと目を見て言葉を交わす姿勢は、中央の大手事務所に所属するアイドルでは味わえない圧倒的な距離の近さを提供してきました。
一方で、批評的な意見としては「学ランというコンセプトの固定化」や「名古屋ローカルのノリが強すぎて、初見のライト層が入りづらい」という指摘も散見されます。かつての10人体制時代のギラギラした熱量を好むオールドファンの中には、現在の落ち着いた活動ペースに対して寂しさを覚える層が存在することも事実です。
しかし現場の観察から明らかなのは、ファンとの強固な信頼関係です。「会いに行ける兄貴分」として築き上げたコミュニティの熱量は非常に高く、流行の移り変わりが極めて速いボーイズグループ市場において、固定ファンが長年離れない頑丈なエコシステムを構築しています。
【2026年最新ニュース】5人体制となったボイメンの現在地
2026年現在のBOYS AND MENは、かつての「全国制覇を掲げて突っ走る若武者」から、「東海エリアを背負って立つ円熟のプロフェッショナル集団」へと見事なトランスフォーメーションを遂げています。
現在のグループ活動は、地元・中京圏の主要テレビ局におけるレギュラー情報番組や冠ラジオを基盤としつつ、定期的なワンマンライブやファンイベントを精力的に開催。楽曲制作においても、これまでの代名詞だったハイテンションなアッパーチューンに加え、30代の大人の哀愁や洗練されたボーカルワークを魅せるナンバーへとレパートリーを広げています。
さらに際立つのが、個々のソロ活動の充実ぶりです。
- 辻本達規:持ち前の運動神経とキャラクターで全国放送のバラエティやスポーツ特番の常連として地位を確立。
- 田村侑久:持ち前の親しみやすさを武器に、地方自治体や企業とのタイアップ、地域活性化イベントの牽引役として絶大な信頼を獲得。
- 本田剛文:安定感のある進行力を買われ、情報番組のコメンテーターやイベントMCとして確固たるポジションを築く。
- 平松賢人:ソロシンガーとしての配信リリースや写真家としての個展開催など、クリエイティブな表現力を多角的に開花。
- 吉原雅斗:本格派舞台やミュージカルへの外部出演を重ね、表現者としての深みを増している。
5人それぞれが独自の看板を持ち寄り、グループに還元するサイクルが完成したことで、グループとしての生命力は過去最も安定した状態にあると言えます。
【プロの結論】地域密着型エンタメの本質とファン適性の見極め
日本のアイドル社会学の視点から分析すると、BOYS AND MENの歩みは「東京一極集中の芸能モデルに対する、最も成功した地方分権型の反証」と位置づけられます。
大手資本によるグローバル展開やSNSのアルゴリズムに依存するグループは、ひとたびトレンドが去れば急激な集客減に見舞われます。しかし、ボイメンが実践してきたのは、地域住民の生活圏に深く根を張り、顔の見える関係性を地道に積み上げる「持続可能なローカル・エンゲージメント」でした。相次ぐメンバー離脱という危機に直面しながらもグループが解散しなかったのは、名古屋という確固たるホームグラウンドと、生活に密着したメディア露出という強靭なセーフティネットが存在したためです。
この特性を踏まえ、ボイメンというエンタメが「おすすめできる人」と「向いていない人」の境界線は明瞭です。
- 応援することをおすすめできる人:
- メンバーと近い距離感で、人間味あふれる温かいコミュニケーションを楽しみたい人
- 泥臭い努力や挫折を乗り越えて進むストーリー性に共感し、長く見守りたい人
- 東海地方のカルチャーや街歩き、地域密着の温かい空気感が好きな人
- あまり向いていない人:
- K-POPのような最先端のグローバルトレンドや、完璧に統制されたシャープな世界観のみを求める人
- 大人数の流動的なフォーメーションダンスや、頻繁な全国アリーナツアーを期待する人
【ボイメン と は】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ボイメンの現在のメンバーは何人で、誰が残っていますか?
A1:2026年現在のメンバーは、辻本達規(赤)、田村侑久(青)、本田剛文(ピンク)、平松賢人(黄)、吉原雅斗(緑)の計5名です。それぞれがソロのタレント・俳優・アーティストとしても第一線で活動しています。
Q2:元リーダーの水野勝さんが脱退した本当の理由は何ですか?
A2:不祥事やメンバー間の不仲ではなく、「30代を迎え、一人の俳優として勝負したい」という本人の強い意志による円満卒業です。10年以上グループを牽引した責任を果たした上での自立であり、現在は映画や舞台を中心に活動しています。
Q3:平野紫耀さんがボイメンにいたというのは本当ですか?
A3:事実です。2010年のグループ結成初期、中学生時代の短期間だけ黎明期のプロジェクトに参加していました。初期のレッスン生が入れ替わる自然な流れの中で離脱したものであり、ネット上で噂されるようなトラブルによる解雇ではありません。
まとめ:激動の歴史を越えて進化を続けるボイメンの未来
路上でのがむしゃらなチラシ配りから始まり、全国的な熱狂、そして相次ぐ主力メンバーの離脱という荒波を乗り越えてきたBOYS AND MEN。彼らの歴史は、決して平坦なエリートコースではありませんでした。
しかし、傷を負いながらも看板を守り抜き、5人体制となった現在の姿には、若さの勢いだけでは出せない「成熟した表現者の覚悟」が宿っています。地域に愛され、泥臭さを誇りに変えて歩み続ける彼らの挑戦は、地方発エンターテインメントの希望として、これからも揺るぎない輝きを放ち続けます。 (出典: ボイメン と は(Yahoo!ニュース))